CASE / 2026.10.01

社長が朝礼で計画表を配った日、現場から質問は1つも出ませんでした。その週の終わりに、工場長が社長を呼び止めて聞きました。「これは、うちの仕事が無くなるという話ですか」。従業員28名の精密部品加工会社(※架空の企業です)が、AIの仕組みを作りはじめる前に、半日だけ現場の手を止めた話です。
渡せる仕事の見分け方を、現場の8人が自分の仕事に当てる
配ったのは、前回の診断でできあがった計画表です。AIを入れる順番と金額が1枚に載っています。最初に作るのは、社内に散らばった数字を1か所に集める土台です。その土台づくりの前の月に、AI研修を入れてありました。朝礼で質問が出なかったのは、話が届いていなかったからでした。工場長は、自分の仕事がどうなるのか分からないまま、1週間を過ごしていました。
仕組みを先に作ると、使われないまま残ることがあります。中小企業基盤整備機構が2026年3月に出した調査に、その形が出ています。一部の業務にAIを入れている272社のうち、36.0%が「従業員による活用が進まない」を課題に挙げました。入れる予定のない952社では24.6%です。実際に入れた会社のほうが、11.4ポイント高くなっています。使われないという課題は、入れてみて初めて見えてくると読めます。
同じ調査に、もう1つ気になる数字があります。AIやITを進める担当について、「特定の担当者はおらず、経営者・現場従業員が個別に推進している」と答えた会社が85.9%でした。専任の担当者を置いている会社は3.0%です。多くの会社では、AIを使う人が、そのまま進める人も兼ねています。だから研修は、誰か1人の担当者ではなく、毎日その仕事をしている人たちに受けてもらいます。
研修の日は、午後だけ現場の手を止めました。会議室に集まったのは8人です。社長と工場長、事務の2人、営業の1人、それに現場のリーダー3人。誰に出てもらうかは社長が決めました。いちばん身構えていた工場長を、最初に入れています。

最初の60分は、AIの使い方をほとんど話しませんでした。話したのは、会社の仕事の流れがなぜいまの形なのかです。この会社では、現場が数字を紙に書き、事務がそれをExcelに打ち直し、社長が見て決めます。数字を写して届けるところに、人の手が入っています。工場長が口をはさんだのは、ここでした。「写すのをAIがやったら、事務の2人は何をするんですか」。写すところをAIが受け持つと、2人の役目は、そろった数字を見て、おかしいところに気づくことに移ります。
次の60分では、AIに渡せる仕事の見分け方を伝えました。使うのは3つの問いです。手順にできるか。正しいかどうかを数字で判定できるか。間違えたときに気づけるか。前回の診断で、社長の2つの案を通したのと同じ問いです。今度は、現場の人が自分の仕事に当てました。
最後の60分は、参加した人が自分の仕事から1つ選んで、手順に落としました。事務の1人が最初に選んだのは、材料の納品書を仕入の表に写す作業でした。毎日20枚前後あって、机の上に束で積んであります。手順にできます。写した合計が伝票と合うかどうかで、正しいかを数字で判定できます。合わなければその場で気づけます。3つとも通りました。

半日のあいだに、8人から11の作業が出ました。渡せると決まったのが6つ、渡せないと決まったのが5つです。渡せない5つは、引っかかった問いがそれぞれ違いました。それでも、もとをたどると同じところに行き着きます。どれも、いまは人が判断して決めている仕事です。見積もりの値付け、図面から工程を決めること、納期が重なったときの順番決め。どれも手順に落とそうとすると、誰かの判断のところで止まります。
この半日に、いくらかかったか
厚生労働省の能力開発基本調査によると、会社が社員1人の研修に1年で使うお金は、平均で2.0万円でした。2026年7月31日に出た、令和7年度の数字です。ただし、この調査が聞いているのは常用労働者が30人以上の会社なので、28名のこの会社は入っていません。それでも、よその会社が研修にいくら出しているかの目安にはなります。この半日にかかったものは、下の図に並べました。
変わったのは、現場の言い方でした
研修の前、工場長は「うちの仕事が無くなるという話ですか」と聞いていました。半日のあと、同じ工場長が、できた一覧を指して社長に言いました。「この作業を渡したい」。同じ人が、同じ仕事について話しています。半日のあいだに、渡す作業を選ぶ側にまわりました。
工場長は、渡せないと決めた5つについて、理由を自分の言葉で言うようになりました。「これは手順にできない」「これは正しいかを判定する物差しが社内に無い」「これは自分が決めること」。その仕事を毎日やっている人だけが、どれをAIに渡せないかを言えます。渡せるかどうかを外の人が決めると、渡した作業は使う人の手元で止まります。
ただし、渡す先はまだありません。一覧はできましたが、受け取る場所がまだ無いのです。納品書を写す作業も、いまはそのまま手で続いています。次回は、この一覧を受け取る場所を作る話をします。あちこちに散らばったままの数字を、1か所に集めるところからです。
この回でやったこと
| この会社 | 精密部品の加工。従業員28名(事務2名・営業1名・現場25名) |
|---|---|
| やったこと | AI研修は10万円(税別)で、所要は半日(3時間)。社長・工場長・事務2名・営業1名・現場のリーダー3名の8人が受けました |
| 半日の中身 | 60分ずつ3つ。なぜ会社の形が変わるか。渡せる仕事の見分け方。その場で1つ渡してみる |
| お渡ししたもの | その場で作った手順書1つ(ご自身の仕事から)、渡せる仕事の見分け方の1枚、ドラフトが実際に動かしている仕組みの実物(失敗した日の記録も含めて) |
| 含まないもの | 環境構築の代行と、研修のあとの続けてのご支援(どちらも個人伴走で承ります)、ツールの利用料 |
| この回で動いたもの | まだありません。渡す作業は決まりましたが、渡す先はこれから作ります |
この回のあと、こう変わりました
| いま | この回のあと |
|---|---|
| 「うちの仕事が無くなる話ですか」 | 「この作業を渡したい」 |
| 現場から質問が出てこない | 8人から11の作業が出た |
| 渡せるかどうかを社長が決める | 現場が自分で見分ける |
| 渡せない理由を言えない | 人が決めている仕事だと言える |
| 身構えたまま仕組みを待つ | 渡す順番を自分たちで並べる |
あなたの会社なら、ここがこう変わります
| この会社では | あなたの会社なら |
|---|---|
| 渡せる仕事の見分け方を、現場の8人が自分の仕事に当てました | いちばん身構えている人が、最初に渡す作業を選びます |
| 渡せないと決まった作業の理由を、全部書き出しました | 人が決めている仕事が社内のどこにあるかが、先に分かります |
| 仕組みを作る前に、半日だけ現場の手を止めました | 作ったものを最初に触る人が、作る前から決まっています |
一部の業務にAIを入れた中小企業が、あとから挙げた課題。従業員による活用が進まない
36.0%
中小企業基盤整備機構が2026年3月に出した調査の数字です。入れたあとの運用の課題を、複数回答で聞いています。一部の業務にAIを入れている272社のうち、98社がこれを挙げました。全社的に入れている会社では40.4%に上がります。ただし、その会社は57社しかないので、参考として見ています。まだ入れる予定のない952社では24.6%でした。回答した1,587社の全体では28.9%です。中小企業基盤整備機構は2025年11月17日から12月12日に10,000社へ配り、1,668社から回答を得ています。
確かめた出所
- 独立行政法人中小企業基盤整備機構/「中小企業のAI等の利活用に係る実態調査」令和8年3月。AI導入後の運用課題(複数回答)で「従業員による活用が進まない」は、一部の業務で導入している企業36.0%(98社/n=272)、全社的に導入している企業40.4%(23社/n=57)、導入を予定・検討中34.3%(n=289)、導入予定はない24.6%(n=952)、全体28.9%(459社/n=1,587)。全体では「ランニングコストが高い」44.0%、「運用担当者の負荷が重い」29.1%に次ぐ3番目。導入・活用を推進する担当人材は「特定の担当者はおらず、経営者・現場従業員が個別に推進している」85.9%・「専任担当者がいる」3.0%(n=1,568)。AI導入後も効率化が難しいと感じる業務は「人の判断が必要な業務」67.1%が1位。必要な公的支援で「従業員向けの教育・研修(IT操作トレーニング)」が67.7%(n=1,596)、製造業では66.5%(n=194)。調査期間は令和7年11月17日から12月12日、10,000社へ郵送配付のWeb回収で有効回答1,668社(有効回収率16.7%・うち製造業197社)。業務委託先は東京商工リサーチ 出所を見る
- 厚生労働省/「令和7年度 能力開発基本調査」令和8年7月31日公表。OFF-JTに支出した費用の労働者一人当たり平均額は2.0万円(前回より0.5万円増加・令和6年度実績)。教育訓練費用(OFF-JT費用や自己啓発支援費用)を支出した企業は54.4%。企業調査は常用労働者30人以上を雇用している企業が対象で、7,452企業・有効回答率52.6%。令和7年10月1日時点の状況を同年10月1日から31日に調査 出所を見る
この会社は架空で、実在しません。調査の数字は上の出所から、商品の金額と中身はドラフトの商品ページから取っています。